私であることと、私自身とのいいようのない距たりに向けて、私は糸を織る。

そもそもの興味は、糸と言葉の関連性にあった。text(文章)の語源がラテン語のtexere(織ること)であるように、織物は言葉や文章が発達するより前、意思の疎通や事象の記録を担う一つの言語体系だった。
私たちの世界は言葉で溢れていて、言葉は私たちにとっての対象を可能にする。対象は言葉の意味や概念によって世界に対するアウトラインを形成し、つまり地ー図の構図のうちに語られる言葉を持ち、私たちはその存在を認識する。

「言葉で世界を認識する」この当たり前とされている前提に違和感を持ち始めたのはいつからだろう。
対象を語られる言葉にすることは、その認識とともに言葉にできない諸要素を捨象することでもある。語り、認識する主体としての私たちと、語られ、認識される客体としての対象とを分けること。つまり私たちは、言葉を持つことで世界のあらゆる存在を「ある」から「所有されるもの」に書き換える。そして言葉にできないものは、所有できないもの、対象化できないものとして切り離され、私たちの目の届かないところへと追いやられる。
私の立場はフラットで平等な世界や、存在の全体性(あるべき本来の姿!などといわれるもの)を目指すものではない。しかし私たちの言葉による世界の捉え方、存在を対象として摩擦なく処理してしまう私たちの在り方には異を唱えるものである。
私たちは語られる言葉を持たない存在を無いものとすることに慣れ親しんでいる。そしてこのことは、私たち自身についてもいえることである。

私は自身の制作において、色糸の選択者であり、糸を織る行為者であり、織物の制作者である。一度の制作に要する色糸の選択は数千から数万回におよぶ。そこにあらかじめ決められたデザインや設定された目的地はないが、その全てが私の選択の結果として存在している。言葉の選択や用い方にその人のひととなりが現れるように、そして一日の選択の繰り返しが今日の私やあなたを形作り、今までの選択の集積によって今の私たちがあるように、色糸の選択の結果として織物に現れるのは私である。ここには、私の言葉=糸を用いて、文章=織物として記述した、私にまつわる数千から数万語の膨大なリストがある。控えめにいっても、これは私の表現であり私の一部の現れである。しかし私が織り終えた布と対峙するとき、そこに現れるはずの私は、形容し難く、捉えようのない何かであった。つまりここには、私であることと、私自身とのいいようのない距たりが存在していた。

この距たりは、言葉の世界に生きる私たちが常に世界から差し引いてしまっているものだ。言葉で捉えることができず、対象化できないものを目の当たりにしたとき、私たちは戸惑い、素直にそれを認めることができない。しかしこの言葉にできない距たりはまぎれもなくその存在の一部である。どれほどの語ることのできる言葉があったとしても、言葉と存在は等価ではない。○○であることと、○○自体との距たりはいつでも存在している。
そして今も私は、このいいようがなく常に私の認識からすり抜けていく距たりを、追いかけ、捉え損ね続けている。言葉にできないそれをどう捉えるのかということも、実際に捉えることができるのかどうかもまだ分からないが、それでも対象として所有されるものではなく、交換可能な私たちとしてでもなく、私たちや諸物が「ある」というその在り方を生きる糸口になるのではないかと思う。そのためにも私は糸を織る。私であることと私自身との距たりに向かい、その結び目を探す。